バーチャルとリアルの狭間に (続)

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さっき、頭をよぎったのだが、同じ場所に居合わせた人や物は、ある意味、視覚を共有しているとも見れる(実際には、被写体を、視覚が、共有しているというが正しいが、脳組織からみると、区別はできない)。
さて、そうなると、人でないものでも、視覚があれば、ITを駆使して、視覚を共有しても良いのではと。例えば、ロボットや監視カメラと、視覚を共有するということで、私(人間視点)が、ロボットだったらとか、監視カメラだったらという観点で、視覚の共有ができるか。逆に、私(ロボット視点)が、人間だったらとか、その他の動物だったらという観点で、視覚の共有ができるか。こんな感じのインスピレーションです。新しい技術が必要かどうかは不明ですが、まずは、ライフスタイルとして、ロマンを感じることができるかが、先決。

09053106.jpg最後、人と物が、視覚(センス)の共有した先は、やはり、「物が人格を持つ」へ飛躍するしかないよね(但し、これは、唐突に人工知能/人格を創造するのでなく、多分、人の力を借りて、物が、人間の子供と同じように育てられ教育されるプロセスを受けることで、人格を持つようになるということだと想像してます)。そうなると、オンラインゲームECOの背負魔みたいに、取り憑かれているようなイメージに近いか(^^;。

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